自転車で行く小旅行


by tmshanagn304

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春の水門川(2)

昨年の冬に刈り取られた枯れ草の後にはきれいな若草が生えて来ました。一年の内、一番生命力を感じる季節かもしれません。自転車にとって、最も楽しい季節でもあります。毎日の天気、風向、風力など気にしながらどこを走ろうかと考えています。
写真は水門川の支流の一つ、中の江川です。水門川は市内北部からのこのような支流を何本か集めながら南へ流れ、やがて木曽三川の一つ、揖斐川に合流します。
この川の堤防道路はほとんど車は通りません。是非自転車専用の道路にしていただけると、誠に有難いと思っています。
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by tmshanagn304 | 2006-04-29 22:17 | 大垣散歩(水門川サイクリング | Comments(8)

牡丹

牡丹が咲き始めました。例年この品種(太陽)が最初に咲きます。白の(五大洲)が最後に咲きます。咲初めから散るまで1週間ぐらいの短い命です。短い中での豪華さがとても気に入っています。花が終われば、それなりの手入れをして来年を待ちます。牡丹は花がない時期でも、葉っぱに風情があります。又それほど病気もでないので、栽培は楽です。
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by tmshanagn304 | 2006-04-27 22:50 | きまぐれに | Comments(3)

春の水門川

夕方わずかな時間を利用しての、水門川のサイクリングです。
菜の花満開、今年は少し咲方が貧弱です。また、先きッチョが摘み取られたよもぎがあちらこちらに見られます。草餅用かそれともお灸に使うのでしょうかねえ??参考までにウチでは蓬を味噌汁に入れます。但し、決して美味しいものではありませんから、真似はしないで下さい。
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ところで水門川をホームグランドにするかもは以前にくらべるとかなり増えました。しかし、同じ水門川のかもでも市中心部あたりを根城にするかもは人を恐れませんが、郊外のかもは自転車が通るだけで逃げ出します。だから写真も撮れません。とても残念です。もう少し人間を理解してほしいです。それでも今日は大きな鯉がイルカのようにジャンプをしてくれたので嬉しかったです。これも残念ながら予告なしのジャンプですから、写真は撮れませんでした。
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by tmshanagn304 | 2006-04-26 22:33 | 大垣散歩(水門川サイクリング | Comments(5)

戸田家の菩提寺

大垣藩主、戸田家代々の菩提寺です。入り口の建物は落雷などで何度か焼失し、これは天保年間の建築と案内には書いてありました。カッコウいい建物です。
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寺の境内にある藩主と奥様の代々のお墓です。江戸時代はこの寺の周りに、ほとんどこれといった建物はなかったと思いますが、あれから百年以上も過ぎるとなかなか当時のままとはいきません。これを見苦しいと見るべきか否や??殿様も庶民から見下ろされてどんなお気持ちか?「無礼者」!!!と、お怒りか、さてまた、「町民どもの繁栄は我が喜びとするところであるぞよ、満足じゃ」「しかしなあ、、皆のもの、タマには室と2人だけになりたいモンじゃ、、、カーテンを閉めよ」とおっしゃるか?お聞きしたいモンです。
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by tmshanagn304 | 2006-04-24 23:01 | 大垣散歩(あちこち | Comments(8)

美濃路の現状(5)

この近辺は古くから梨の生産が行われていました。昔は長十郎、今は幸水が中心です。今が花の真っ盛り。花粉をつける作業がなされています。この写真は杭瀬川の河川敷にある梨畑です。
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河川敷には梨畑だけではありません。お墓もあります。大水がでてもなんのその、頑として動かずでしょう。中には「お水はイヤ〜ん」というお墓も2つ程ありました。
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最近はこの梨畑にも、住宅の波が押し寄せ新しい家が梨畑をつぶしては建てられていきます。ITの時代でも農業は国の根幹だと思うけどねえ〜。相続税が払えない??何だか知りませんが残念です。8月になると農家へ出向いて直接買うのが楽しみなんですよ。
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梨の花はさくらにそっくりですね。桜と同じく、バラ科なのかな?
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by tmshanagn304 | 2006-04-23 22:10 | 美濃路 | Comments(3)

美濃路の現状(4)

さらに京都方面へ2〇〇メートル程進んだところにある一里塚です。伊能忠敬が日本地図をつくったことも驚きですが、この時代、どやって距離を計ったのかなあと思うのです。
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この一里塚の案内版です。読んでやって下さい。16〇〇年代の人達はまさかここが史跡になるとは思わなかったでしょう。この分で行くと500年後は高速道路のサービスエリアなども史跡になるかもしれませんね。
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by tmshanagn304 | 2006-04-21 10:37 | 美濃路 | Comments(4)

美濃路の現状(3)

さらに5〇メートル程京都方面に進むと、由緒あるこのお屋敷の前になります。
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この場所から京都方面(京都まで約8〇キロ)をながめたところです。止まっている車の前が、少し前まで国道21号線、中山道に替わる道路だったところです。一部は中山道をそのまま活用して、一部は中山道を縫うようにして走っていマス。
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by tmshanagn304 | 2006-04-19 23:28 | 美濃路 | Comments(1)
前回、御紹介した2枚目の写真から5〇メートル程進んだところにある酒屋さんです。自転車に乗っていて、ウチから丁度程よい距離に、全くうまい具合に酒屋さんがあるものです。そこがやはり「街道」なのだと思うのです。このお店は大正五年の創業で、今の御主人は四代目だそうですが、女将さんのお話しだと、酒屋さんの経営もなかなか大変みたいです。大手の安売り店があちらこちらに出来る中での経営は難しいものがあると思います。既存の酒屋さんは、コンビニに衣替えしたところなどなどはよいとしても、廃業に追い込まれたところや、私の知り合いの店などは、シャッターを下ろして、家族中でいなくなってしまいました。簡単にいえば「夜逃げ」です。
この酒屋さんには頑張ってもらいたいです。思いきった店の色使いに御主人の意気込みを感じました。配達用の車などもこの色です。行つけのスナックの近辺でもよく目だちます。
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この酒屋さんからさらに進んで、杭瀬川を渡ったところにある常夜燈です。いきなり時代劇風になりましたが、この常夜燈は明治13年の設置とありますから、まだその頃は、杭瀬川を利用した水運も盛んであったことでしょう。
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by tmshanagn304 | 2006-04-17 20:51 | 美濃路 | Comments(5)

美濃路の現状

この写真程今日の美濃路の現状を表している写真はないと我ながら感心して、嘆こうか、諦めようか、納得しようか悶々とする気持ちを制御しかねる状況に追い込まれながらの投稿です。(少しオーバー)
人は生活しなければなりません。いつまでも江戸時代のままでは「詩」はあっても豊かな生活を営むことは出来ません。電柱もやむなし。アルミサッシもやむなし。縫製やさん、中国に負けないように頑張って下さい。
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この縫製やさんの前をさらに進むとこの写真の光景です。(桜は盛りを過ぎていてすみません)大垣から養老町へ行くには、昭和4〇年ごろまではこの道を通りました。市の中心部からここまで来るとずいぶんと田舎に来たものだと思いましたが、今考えると風情のある道でした。左手の古い家屋もこのままだと解体を余儀なくされることでしょうが、家の前に頑丈なフェンスがありましたから、何らかの保護がされているものと期待しているのです。
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by tmshanagn304 | 2006-04-16 22:35 | 美濃路 | Comments(3)

美濃路(1)

いつもの床屋さんの行帰りに通る道です。桜も散って全く何の変哲もなく、道端にはパチンコやさん、温泉を掘り当てた浴場、分譲住宅など今日的な建築物が建ち並んだ道路です。されど、この道は「いつか来た道〜〜」と中世以後の人が見たら気が付くはず。古くは鎌倉街道、近代は中山道の垂井宿と東海道、熱田を結ぶ脇街道、美濃路なのです。
この石塔には小野の長橋と書いてあります。小野と書いて「この」と読みます。この石塔の左側には何とかライオンズと書いてありますから、その当時のものではないことは確かです。今のところはツルピカで値うちもありませんが、百年ぐらいしたらぼろぼろになって、ありがた味が出て来ることでしょう。
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しかし、このような住居跡もありました。この御門の他は歴史を思わせる古木と雑草の他は何もありません。(滝廉太郎さんなら何か曲が生まれそうです)敷地は裏でJRまで続いていて、ザ〜と見回したところ1000坪はあると思いました。ここの主人の方は死に絶えてしまったか、さらなる発展をしてどこかで優雅でお暮らしの事かチョコッと興味のあるところです。
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by tmshanagn304 | 2006-04-14 22:50 | 美濃路 | Comments(6)