自転車で行く小旅行


by tmshanagn304
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カテゴリ:中山道(大垣から東)( 33 )

岩村(2)

岩村は譜代大名の地である為に、大垣同様、明治期は政治に大きく参加することは出来ませんでした。案内に依ると、そこで能力のある方は学問で身を立てる方向に進んだとありました。
下田歌子という方をご存知でしょうか、、。この岩村のご出身だそうです。その他にも東大教授だとか書いてありましたが、それよりも五平餅は美味しかったです。
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by tmshanagn304 | 2015-09-24 20:51 | 中山道(大垣から東) | Comments(0)

岩村

岩村は中山道からは少し離れますが、江戸時代にはやはり譜代大名が統治した重要な地域です。
城下は今も当時の面影を残し、山村の風情が充分です。お城は海抜717メートル、石垣だけが残って「荒城の月」の雰囲気です。もうすぐ中秋の名月、ここで酒を酌み交わしたら最高です。
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by tmshanagn304 | 2015-09-22 21:08 | 中山道(大垣から東) | Comments(4)

大井宿

中山道大井宿(恵那市)に着きました。
大井宿は中津川に比べて少し荒れているというか、旧宿場が雑に扱われている感じがしました。一応「広重美術館」なるものもあって、中山道の宿場として発展したことは認識しているフウではありますが、東から宿場への入り口が新しい道路に惑わされ今ひとつ分かりにくいものになっています。その他の案内にも、「ことについでに書いておきます」というような雰囲気で、本気さが出ていません。
駅前の商店街も中津川のお店には落ち着きがありましたが、ここではそれが希薄のように思いました。何か買いたいというお店が見つかりません。それでもこの地に足を踏み入れて素通りではタタリがあるかもしれない、、などと強迫観念により、恵那が発祥のスーパー、バローで大判焼きを2個買いました。それをリックに入れたので,背中が熱くなってしまいました。カチカチ山です。恵那にケチを付けたので罰が当たったか??
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by tmshanagn304 | 2015-08-27 21:35 | 中山道(大垣から東) | Comments(2)

中津川宿

中山道の道ばたに馬頭観音なる物がありました。詳しい案内もありました。それに寄ると、地域の篤志家に因って建立されたのは大正14年とあります。明治元年から60年近くも後のことであります。「旅人の安全を願って」ともありました。この時期この道路はまだ主要な幹線道路だったのです。
振り返ってみれば、交通インフラが大きく変ったのは昭和30年代になってからのことです。名神高速、新幹線、東名高速、瀬戸大橋、などなど昭和の後半の整備に因るものです。それまではこのような旧街道がそれまでと変ることなく主要な道路だったことを改めて認識しました。
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by tmshanagn304 | 2015-08-26 21:11 | 中山道(大垣から東) | Comments(4)

中津川宿

旧中山道、中津川宿から大井宿(恵那市)までを走りました。この間は木曽路なのか美濃路なのか判然としないところもありますが、「岐阜県内」ということにこだわれば美濃路であります。しかし藤村の夜明け前「木曽路は全て山の中」ということに従えば,この区間は木曽路です。特に山の中とは思いませんが、平地というか、全般に水平な道路ではありません。絶えず上るか下る激しい状況です。距離からすれば1時間ぐらいで走れると思っていましたが,途中、昼食休憩を挟んで2時間もかかってしまいました。
途中、中央高速の中津川インターチェンジの周りで,旧中山道はむちゃくちゃに壊されていましたが、その他の地域はほとんどそのまま残されていて、分かりやすく大井宿まで走ることが出来ました。
最初の写真は何とかの1里塚です。植えてある木は恐らく昭和の物。江戸を継承されていることは旅人に取って嬉しいです。
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ここからがインターチェンジの範囲で、旧中山道は吸収されています。
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by tmshanagn304 | 2015-08-25 20:58 | 中山道(大垣から東) | Comments(2)

JR中央線

本当に久しぶりに名古屋から中央線に乗りました。目的地は中津川市です。10:24名古屋発、それほどの混雑はありませんが、座れないお客さんもそれなりの数です。(自転車を持って乗るには早朝か,通勤時間帯を少し避けたところを選んでいます。)
「何か用事か仕事がある」ような感じの人は大凡名古屋市内の駅,(金山、鶴舞)で降りました。それでも乗っているのは「遊びにいく人」です。勝手に断言!!華やいだ女性グループがいました。静かな女性グループもいました。孫を連れたおばあちゃんもいました。男性グループは見当たりません。その他、テレビで見かける人が一人乗っていました。自然の生活がどうのこうのと言ってる人です。駅に着けば1人が降りてその代わりの人が乗ってくるような状況が続き、恵那駅で華やいだ女性クループは降りました。『恵那峡へでも行くのかな』と余計な想像をしました。そのグループが降りた後の電車は静かになりました。終着、中津川駅では否応無しに乗客みんなが下ろされます。名古屋の最高気温が34度とか予報され堤ましたが,ここはさすがにそこまではなさそうです。駅では親切に年寄りをエレベーターまで案内している人がいました。今日の中津川サイクリングは穏やかな空気と穏やかな光景で始まりました。
駅前の道路が山に突き進んでいる様子は木曽路を象徴するかのようで,低地に住む私にとっては新鮮です、
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by tmshanagn304 | 2015-08-24 21:40 | 中山道(大垣から東) | Comments(0)

講習会

中山道、木曽路についての講習会を受講しました。
徳川幕府は元々伊那街道がありながら、山脈ひとつ隔てた木曽路をメイン街道にしたのか、など大変興味あるお話でした。現在ではR19とか中央自動車道などは主に伊那街道をなぞっているわけで、こちらの方が道路の敷設は楽だったはずです。もう少し詳しくお知らせするといいのですが、少し眠いのでこれで止めます。
今日は北西の風が強く、晴天でしたが雪雲が山を越えてきました。
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by tmshanagn304 | 2015-01-23 21:13 | 中山道(大垣から東) | Comments(0)

当地では富有柿の出荷の最盛期です。道すがら柿の人間信頼型自販機をあちらこちらで見かけることが出来ます。ここ中山道美江寺宿でもご覧のように一袋200円で売られていました。お金を入れる箱は『頑丈に』ガムテープで固定されていて優雅です。
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by tmshanagn304 | 2014-11-18 21:08 | 中山道(大垣から東) | Comments(4)

美濃太田宿(3)

美濃太田宿のその他の写真を掲載します。
太田宿記念館という関所のような門構えの建物の中に、市の保存樹,年代物のケヤキがあって、その周りでは大勢のアマチアカメラマンが三脚を立てていました。このケヤキに集まる野鳥が狙いです。みな年金の限りをつぎ込んだような大きなレンズを付けてまさしくカメラの砲列です。野鳥は思うように撮れないところが面白いかもしれません。
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当時の住宅地図です。
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宿場にそって流れる木曽川です。ドイツのライン川に似ているところから日本ラインと呼ばれています。流れに洗い出された堆積岩に「地球は生きている」を実感出来ます。
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by tmshanagn304 | 2014-02-27 21:47 | 中山道(大垣から東) | Comments(4)

美濃太田宿(2)

美濃太田宿は馬籠、妻籠のように江戸時代を再現したようなところはありません。それでも当時の面影は充分に残り、むしろ時代の変遷を感じることが出来て、私的には大変気に入りました。宿場の中で街道はカギの手に曲がり、曲がったところに寺を置くなど、武力で治めた徳川の敵を意識した性のようなものを感じ、今から思えば天下を取りながら家康も『何となくあわれ』です。
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by tmshanagn304 | 2014-02-26 21:39 | 中山道(大垣から東) | Comments(2)